魅力的だったハンガリーの墓地2006年12月02日 16時14分11秒

ファルカシュレート墓地
 最近また秋の写真を撮って載せている ここで一年前を思い出した 東欧ハンガリーの秋色の中でリュックを担いで一人で歩いていたのだった あの時の秋色は素晴らしかった しかし日本の秋は最近なぜか色が悪いのだ

 彼の地のそういういう秋景色で特に感動したのが、「墓地」だった 日本では墓地を好きでない人は多いが、西洋の墓地は美しくて明るいかまたは清潔で、墓石も日本のように威圧的でも画一的でもない アメリカの墓地は芝生がいっぱいで、石は地面に埋め込まれている 子どもが走ったりキャッチボールが出来るし、弁当持参でピクニックも出来る

 ハンガリーの首都ブダペシュトのファルカシュレート墓地は歴史が古いので、アメリカのように明るくピクニック的ではない その代わり自然の中で、歴史を感じさせる趣や、花があふれるほど素晴らしく多くて「また見に行こうか」という風情がある そして墓が石だけでなく、故人の職業や人柄を表す彫刻やレリーフ、オブジェなどになっている だから、私のような通りすがりの「アカの他人」が見ても楽しめる

 写真の墓も「これって本当に墓なの?」と言うくらい素敵である まるで公園のオブジェだ きっと故人も喜んでいるだろうし、子孫も自然と墓参りに行きたくなるだろう またそのまわりが素晴らしい紅葉だった 秋色を見ると自然とその墓地を思い出してしまう ハンガリーは魅力的な国である

写真リンク:「ハンガリーの墓地」
http://www.asahi-net.or.jp/~VR3K-KKH/photoalbum/hungarycemetery1/farkasreti.htm

女子バレー全日本の荒木が機内で倒れた!2006年12月16日 18時36分56秒

関空での選手団解散
昨日モロッコ・ツアーから帰ってきましたが、何と途中乗り継ぎのカタール国・ドーハから全日本女子バレーの選手たちが乗り込んできました 当日は満席で、全員がいっしょに座れなくて、散らばっていました 私でもすぐに名前がでるセッターの竹下は通路を挟んで左後ろ、その後ろが杉山だったでしょうか 宝来も木村も小山も落合も菅山もいましたが、前の少し離れた席でした 

彼女たちは昨日終了したアジア大会から帰国する所でした 私の通路向かいにいたのは女子ホッケーのコーチでしたが、「女子バレーは二位でした」と言っていました やはり中国は強いです それでも二位なら良いじゃあないですか

その元気印の選手にちょっとしたハプニングがありました 機内で食事が配られ始めた頃、一人の大柄の選手がふらふらと通路を上がってきました ところがワゴンは止まってサーブ中 「すみません トイレに行かせてください」苦しそうに彼女は言いました ところがCA(キャビン・アテンダント、昔はスチュワデスといった)は「ちょっと待ってね」という感じで食事を配り続けていました 

その直後、「どさっ」という音がしました 振り返ると仰向けで通路に倒れていました 苦痛にゆがむその顔は、紛れもなくたった一人の我が岡山県出身の荒木絵里香だったのです 竹下のすぐ前の位置でした 

選手の声で前方にいたたぶん番平コーチと思われる人が、席の上を飛び越えながら飛んできました 荒木のほっぺたをたたきますが、失神しています そうこうしていると、柳本監督が来ました

キャビンクルーは食事の配給を止めワゴンを仕舞ってしまいました そして血圧計や聴診器を持ってきました 日本人の若いCAも4,5人いましたが、上級パーサーに指示を仰いでいました

監督の指示でスポーツバッグを数個集め、足の下に置きました そして毛布を掛けました 今動かすのはマズイと判断したようです しばらくして荒木選手の意識は戻りましたが、そのまま寝かせられていました 他の選手たちはそれぞれの席の位置で心配そうに見守っていました 普通の日本の若い娘(こ)のように、「キャーキャー」騒がない所はさすがでした

少し時間がたってから荒木選手はコーチたちの手や肩を借りて、前のギャレーに歩いて行きました その後はカーテンが閉められたので、どうなっていたかは分かりません 日本に近づいた頃、選手たちは代わるがわるトイレに入って行きました 全員がアジア大会選手団の制服に着替えています 荒木選手は何とか自分で歩けようになりましたが、トレパンのままで機から降りたようです

原因は疲れなのか貧血か食中毒か水が合わなかったかは分かりませんが、大きな186cmの現役のアスリートが目の前で倒れたのには驚きました とりあえずは「良かったよかった」ですが、「少しは休んでね」と言いたい気分です 中国に負けたのは悔しいでしょうが、1セットは取ったのですから、彼女たちは「よく頑張った」と思います

注釈:写真は関空到着後、監督の「解団の言葉」の後解散した時のものです 少しブレてはいますが、赤丸の下が監督です 何でも写真を撮る私ですが、さすがに倒れた時の写真は撮れませんでした