京都岩倉・実相院の垂れ桜2020年04月05日 17時15分53秒

京都岩倉の実相院の垂れ桜
まずお断りしておく
この写真は今年ではなく数年前のものである
本来ならば春にはカメラを持って飛び回るのだが、
ご存じ「コロナ」の奴のせいである 出られない

近隣には数度行っては見たが、どうもうまくない
家にいるのが長いので、今まで撮りためたのをまとめてみた

そのなかの一枚がこれである
京都の岩倉にある実相院門跡寺院である
あの岩倉具視とも縁がある

コロナのせいでネットで日本の春を探している方、
良かったら下のリンクから覗いていただきたい

内部リンク:「日本の春・春爛漫」
http://konotabi.com/SpringScenesJapan/top.html

雪が少ない今年の白馬スキーエリア2020年02月03日 21時41分37秒

白馬47スキーエリア上部の風景
 毎年のように高速をとばしてスキーに行く白馬連峰 ただ長野県に入っても地上には雪がない!! やっと白馬村に入って雪に会えた 何ということだ 地元の人は「50年に一度」とか言っている

 それでもスキーエリアに人工降雪があるところや各エリア上部では何とか滑ることができた 最悪は学生スキーで知られる岩岳エリアで下部は草や土がむき出しである 帰りはゴンドラで下りてくるという ホテルでは宿泊客間で積雪情報の交換が盛んである

 写真は47スキーエリア上部からみた風景である 隣の八方尾根エリアは木の雪が少なく茶色っぽく見える 神様、来年はお願いします!

吉備路・備中国分寺の早い秋2019年09月20日 21時13分37秒

赤米の稔る備中国分寺界隈
 岡山で写真を撮る人間は一年に何度かは来る場所がある
備中国分寺である ただ名前はそうだが聖武天皇とはやや縁が遠い
奈良時代の寺はとっくに消滅し、江戸期に名前だけ引き継ぎ復興した
それでも岡山県ただ一つの五重塔がある景色はたまらない

 その一帯は日本第4位という巨大な前方後円墳や方墳、古代朝鮮式山城である鬼の城、一の宮である吉備津神社などがあり、岡山人からいうと備前、備中の原点ともいえる 大げさにいえば「心のふるさと」である

 さて国分寺だが近隣農家が協力し、蓮華、菜の花、ひまわり、コスモスなどを植えて「観光協力」をしてきた経緯がある 久しぶりに訪れるとなんと古代米である赤米が植わっていた そういう早い秋の風景である

今年初めて咲いた月下美人2019年06月27日 21時46分16秒

今年初めて咲いた我が家の胡蝶蘭
 我が家で長い間咲いてくれた月下美人の木が老化したので、枝を切ってコケに挿してから三年目、やっと咲いてくれた

 数多くの花々もそれぞれの良さがあるが、気品がある、上品な花といえばまずは蓮であろう 何しろ仏様の花である

 そして私見であるがこの月下美人が続くのであろうか その白くて花弁も美しい姿には惚れ惚れする また香りも華やかで気品がある そしてもう一つ、夕方に開花をはじめて夕刻九時には満開になり、日が変わるころにはもうしぼみ始めて、朝にはもう終わりですという姿になる なんと儚くも美しい花であろうか

 今年は秋までにどのくらい咲くのであろうか 楽しみである

やはり白馬はすてき2019年03月04日 16時36分08秒

白馬47よりみる五龍岳
 毎年訪れる信州、かならず志賀高原と白馬で滑っている
特に白馬一帯は雪もよく、日替わりでスキーエリアを滑る
それぞれのエリアには個性があり気分も変わるのが良い

 さらに借景の山々のそれぞれがまた個性があふれる
名前の元の白馬岳だけでなく、五龍岳、唐松岳、鑓ヶ岳などが
自己主張をしている

 写真は白馬47スキー場上部から撮った五龍岳である
有名な「武田菱」はやや不明瞭だが形がよい
また八方スキー場から見ると角度が変わりまた良い

また来年も会いに来ますよ

 内部リンク:信州の冬2019・白馬エリアのスキーエリア
 http://konotabi.com/Photo2019/JPNNaganoHakubaSki/top.html

田舎の山里の秋2018年11月21日 23時05分13秒

鳥取の山里の秋
 写真は鳥取県日南町の景色である 先日此処の友人宅を訪問した折のものである この地は景色も水も空気も素敵な場所で、最低年一回は行っている

 車で走っていたら、「紅葉」「柿」「ススキ」と秋の三拍子が目に入り、慌てて停車し撮ったものである やはり秋は素敵な季節である

備中国分寺と向日葵2017年07月22日 21時07分33秒

備中国分寺のひまわり
 ここは岡山県総社市にある備中国分寺、といってもあの聖武天皇時代のものではない 国内のほとんどの国分寺で当時の物が残っている例は大変少ない

 ここも南北朝時代の兵乱他で焼失し、この五重塔なども江戸期の物である 屋根の形はまさに江戸時代のもので、山口にある「日本三名塔」のひとつである瑠璃光寺のそれとは比較にはならない

 それでも旧山陽道近くに立つこの寺の塔は岡山人にとっては大好きな歴史建造物の一つである 近くには日本でも十指に入る前方後円墳作山古墳と造山古墳が二つもあり、古い神社の一つ吉備津神社があり、秀吉の水攻めで知られる備中高松城祉も遠くないところにある

 そういう歴史のふるさとにある備中国分寺は向日葵が真っ盛りである こうして季節ごとに植える花を変えてゆく地元の農家の方たちのご努力には頭が下がる

清須城の信長と濃姫像2017年06月21日 20時52分02秒

清州城の信長と濃姫の像
 長い間の懸案であった名古屋城、小田原城の写真を撮りに行った 途中であの「清州会議」でしられる清州城に寄った この城は江戸初期に廃城になったので当然存在しない 因みに後に造られた名古屋城には此処から移築したとされる「清洲櫓」がある

 それでもなんと「立派な天守閣」があった 1989年に造られた模擬城である 場所も外観も異なる現代の城である それでも無いよりは心ときめく

 本当の城は川の反対側にあった 今は清州公園になっている その小高い丘の木立の中に信長とその妻濃姫の像があった やや地味ともいえる像だったが、歴史ロマンは十分感じさせられた

 此処には15c後半、守護代であった信長の父、信秀が入城した のち信長がこの城を居城にした そこから「天下布武」が始まる 彼の妻「濃姫」は文字通り「美濃の姫」、斎藤道三の娘である だが歴史には詳しい逸話は残っていない 映像の世界を含めて想像の世界である 

 近くに信長を祀る小さな祠があった 説明がなければ傍に来ても気が付かないようなものである 信長の墓、慰霊塔は京都を初め各地に点在する 存在の大きな人物である

 清州城は関ケ原後、徳川義直が入城したが、西国大名の築城による立派な名古屋城ができると廃城となり、尾張の中心は名古屋に移った 移ろう戦国の歴史である

  内部リンク・・清州城
   http://konotabi.com/Photo2017/JPNAichiKiyosujo/top.html

春雨の平安神宮2017年04月29日 22時04分39秒

京都・平安神宮・春の池端・老桜木
 またまた来てしまった春の京都 そしてまたまた訪れた春の平安神宮 ここは古来の神社ではないが、そのお庭が素晴らしい 足が向いてしまう

 ところがこの日は曇りのち雨のお天気だった 時期的にソメイヨシノはほとんど終わっていたが、八重の枝垂れは散りかけてはいたものの何とか持ちこたえていた

 庭園の池にはすでに花筏ができ、それはそれで魅力的だったが、池淵の老桜木は雨の中でまるで狩野派のような風情で立っていた それがこの写真である

 内部HPリンク:「平安神宮」
    http://konotabi.com/Photo2017/JPNKyotoHeianJingu/top.html

この秋も咲いた月下美人2016年09月22日 22時34分01秒

今秋の月下美人
 暑かった長い夏もやっと朝晩は涼しく、雨もやっと降り始めて、「秋らしくなった」といっていい 秋ーそのシンボルが「月下美人」である 寒くても暑くても咲かず、春秋の「良い気候」でなくてはいけない

 その姿も香りも気品がある 透き通るような花弁はまさに「色白美人」、咲く時間は宵の口から深夜までで、深夜を過ぎると儚い姿になってしまう 「美人薄命」とはまさにこのことだ 

 昨日から今夜までで計八つ、この春は三、四だったと思う 昨年と比べるとずいぶん少ない まさに美人は気まぐれである その美人さんももうすぐ花の命を閉じようとしている