ニュージーランドの晩秋ドライヴ2018年06月08日 23時19分01秒

世界遺産・トンガリロ国立公園のナウルホエ山
 何年も暖めていたニュージーランド・ドライヴがやっと実現した それというのも、ニュージーランド航空の格安券がこの春先に出たからであった ご存じのように航空券の価格は需給で決まっている だから航空会社はローシーズンに空席で運行するよりは、安くしても席を埋めたい

 そういう訳で国内線を乗り継いでも、十万円でもおつりが来るという安値で予約できた もちろんこれは直行便の場合で、LCC(格安航空)やアジアの航空会社の券を探せば安いのがあったかもしれないが、時間的や荷物重量などの制約がある

 レンタカーも航空会社公式サイトの提携リンクなので、かなり安くなっており、車種選びなども問題はなかったので、すぐに予約した

 前置きが長くなったが、こうして「晩秋ドライヴ」が始まった ただこの時期はAirNZは深夜の羽田発だったが、機体に問題点があって日が変わって翌日の真夜中に出発というとんでもないことになった 「まあ安いからなあ」と諦めることにした

 さて肝心のドライヴだが、この国は日本とおなじく「左側通行」なので割と運転はしやすい ただいくつかの違いがあり、これに注意しなければならない まずは「ラウンドアバウト」という円形交差点である なんと信号機がない だから右から来る車が優先になっている これも慣れで何とかなる

 ドライヴそのものは15日間で3100kmを走ったが、これでもこの国の半分しか回れていなかった また「秋の紅葉」も終わりかけているうえ、日本の様な真っ赤の美しい紅葉はほとんど無かった それでも宿のファミリーなど親切な人々のおかげで思い出深い旅となった

 詳しい写真と説明は下のページにあるので、興味ある方は覗いて見て頂きたい
 「ニュージーランド気ままドライヴ」
   http://konotabi.com/NZDrive2018/top.html

宇治平等院の春2018年04月16日 22時12分46秒

京都・宇治・平等院・鳳凰堂・2018春
 京都ファンの私がまたも来てしまった京の町 乗り放題の一日券の市バスも優れ物だが、今回は行動半径を広げるためマイカーを使った

 北は近江の三井寺、比叡山から市内の平安神宮、清水寺、高台寺などポピュラーなもの、南は宇治まで行動を広げた

 上記ポピュラーな寺社はどこも溢れるばかりの人人人・・・・・ とくに清水は寺に行き着くのも大苦労で、外国人、なかでも貸衣装の外国人女性が目立つ

 そういう中で世界遺産、国宝の宇治平等院は確かに客は多いのだが、清水寺、三年坂の喧噪、雑踏ほどではなかった 周辺を歩いてもまあまあの人出だった

 鳳凰堂は最近修復したので、朱が鮮やかだろうと思って再訪したのだ だが思ったほど朱はきつくなかった こうして客のいない瞬間に撮ったのがこの写真である

 ・・・・内部リンク:宇治平等院
   http://konotabi.com/photo2018/JPNKyotoByodoin/top.html

今年も滑った白馬と志賀高原2018年02月15日 21時35分56秒

志賀高原横手山スキーエリア
 毎年片道8時間以上かけてドライブし、訪問する信州のスキー場である しかし今年最大級の寒波が押し寄せ、特に白馬の各スキー場では毎日吹雪状態でメインのゴンドラが停止し、上部のエリアにあがれない状態だった

 それでも白馬では毎日日替わりで違うスキー場で滑った どこでも外国人の多いことで、場所によっては過半数が外国人、特に白人が増加していた 英語だけでなく、ロシア語やスペイン語も聞こえていた 

 もう一つの変化はヘルメット着用が圧倒的に増え、安全面でやっと日本も外国のスキー場並になってきた 当然のことではある

 写真は移動したあとの志賀高原の横手山でのもので、このころには天候も安定していた 山頂には標高2307mの「日本一高いパン屋さん」がある

内部リンク:志賀高原のスキーエリア
   http://konotabi.com/photo2018/JPNNaganoShigaWinter/top.html

カナダ・ブラックコム・スキーエリアのスキーシーズン2017年12月19日 23時25分52秒

カナダ・ブラックコム・スキーエリアのイヌクシュク
 今年もやってきたカナダ、昨年は奥地のバンフだったが、-35℃の寒波に見舞われ心まで凍ってしまった 今年はやや暖かいウィスラー・ブラックコム・スキーエリアに変更した

 此処はおなじみ2010年のヴァンクーヴァー・冬季オリンピックが催された場所で知られる もう20年以上前から知っているが、このオリンピックを機にいろいろ便利になった

 たとえばエリアの二つの山が中腹でギネス認定の大ゴンドラで結ばれ、気楽に全山が滑られるようになった 今までは最下部まで滑り降りてまた山頂まで上り直す繰り返しだった

 さて写真はこのスキーエリア最高点2284mのホストマン・ハット傍の「イヌクシュク」(イラナーク)前で記念写真を撮っているファミリーの姿である この前を通過する人の半数が記念ショットを撮っている感じである

 この岩の造形物はもともと先住民が目印、案内板として各地に立てた一種の石碑である だがこれはヴァンクーヴァー・オリンピック時にシンボルとして作られたものである エリア内に4つほどある

 今年のこの時期はやや雪が少なく、ブッシュや岩が露出していた 先週は良い雪だったというし、来週も雪情報があるという その谷間の私たちは「チェッ!」と言うしかないが、このシーズンの初滑りとしてはまぁまぁと言うべきか

 →内部リンク:ウィスラー・ブラックコム・スキーエリア
  http://konotabi.com/Photo2017/CANWhistlerSkiarea/top.html

やっと来られた秋の修学院離宮2017年11月28日 18時49分28秒

修学院離宮の秋景
 京都には宮内庁関係の建物が多くある そのなかで「王朝文化施設」と呼べる物が四つある 一番が京都御所、次が桂離宮、そして修学院離宮と仙洞御所である (東京には皇居や赤坂離宮がある)

 そのうち前の二つは過年すでに訪問済みで、この秋は後ろの二つを訪問した 宮内庁の施設見学は予約が必要である 往復はがきか公式ホームページで申し込み、許可をもらってから指定された日時に見学する 一見ややこしいが、無料というのが何よりだ

 今回の仙洞御所は生憎の雨、しかもしっかり降って写真撮影は苦労した それでも修学院離宮は朝から快晴で風もない撮影日和であった 上の写真はこうして撮れた これで宮内庁の四施設の撮影は終わった お疲れさん

内部リンク:修学院離宮
http://konotabi.com/Photo2017/2017JPNKyotoShugakuinRikyu/top.html#kyoto4

内部リンク:桂離宮
http://konotabi.com/Photo2016/JPNKyotoKatsuraRikyu/newpage1.html

見応えある「湖東三山」の寺2017年11月24日 19時35分53秒

滋賀県愛荘町の金剛輪寺の秋
 ほぼ毎年訪れる京都を中心とした近畿地方の社寺であるが、今年はさらに滋賀県や北陸まで足を延ばした

 京都は京都御苑では仙洞御所、京都迎賓館、修学院離宮や北野天満宮、貴船神社、大原寂光院・・・である

 滋賀は湖東を中心に石塔寺、いわゆる「湖東三山」といわれる百済寺、西明寺、金剛輪寺である

 また北陸は七尾城、一乗谷朝倉氏館跡、越前大野城などである

 以上述べた中で時期的にも紅葉がよかったのが「湖東三山」の寺々である いずれも琵琶湖の東の山にある天台宗の古刹であるが、ロケーション的に琵琶湖と近江盆地が見渡せる位置にある

 年々紅葉が遅くなる傾向がある中で、今回は「ビンゴ!」の感じであった そのうちの一つの写真が、この金剛輪寺の名勝庭園のワンショットである

  詳しくは内部リンク:「このたびのたび」:金剛輪寺
http://konotabi.com/Photo2017/JPNShigaKongorinji/top.html

備中国分寺と向日葵2017年07月22日 21時07分33秒

備中国分寺のひまわり
 ここは岡山県総社市にある備中国分寺、といってもあの聖武天皇時代のものではない 国内のほとんどの国分寺で当時の物が残っている例は大変少ない

 ここも南北朝時代の兵乱他で焼失し、この五重塔なども江戸期の物である 屋根の形はまさに江戸時代のもので、山口にある「日本三名塔」のひとつである瑠璃光寺のそれとは比較にはならない

 それでも旧山陽道近くに立つこの寺の塔は岡山人にとっては大好きな歴史建造物の一つである 近くには日本でも十指に入る前方後円墳作山古墳と造山古墳が二つもあり、古い神社の一つ吉備津神社があり、秀吉の水攻めで知られる備中高松城祉も遠くないところにある

 そういう歴史のふるさとにある備中国分寺は向日葵が真っ盛りである こうして季節ごとに植える花を変えてゆく地元の農家の方たちのご努力には頭が下がる

彦根城の夜景2017年07月12日 22時22分20秒

彦根城の夜景
 以前から行ってみたかった城(跡)が二つあった 一つは石田三成の佐和山城ともう一つは浅井長政の小谷城である 

 彦根には何度も行っているが、近くの佐和山城は行けていなかった 小谷城は相当むかしに行っていたが、HP用のいい写真が残っていなかった そういう訳で今回行くことにした

 梅雨の合間なので、天気をみながら彦根に宿をとった 写真はそのホテルからの彦根城の夜景である 堀脇のまことにロケーションのいい宿である

 閑話休題、翌日まず佐和山城に行った 登り口には龍潭(りょうたん)寺がある 井伊家が浜松から来るとき、分家したような寺で、現在も彼の地の井伊谷に同名のご本家がある

 その山門脇には石田三成座像があった そこから墓地を通って山道を上がる 途中にも廓はあまり残っていない 山上の本丸跡にも何もなかった ほんの少しの石垣と井戸跡があるだけだった

 関ケ原後、当地に転封された井伊直政以後、この城や他の城から材料を持って行って彦根城を作ったからである 良く言えば「廃物利用」だが滅んだものは儚い 

 小谷城には昼から行ったが、そこの方が廓跡や石垣が多く残っていた 城主はもちろん信長の妹「お市」の夫の浅井長政である 最後には信長に滅ぼされた この城で自害して果てた まことに儚い

 それでも3人の娘たちはそれぞれ後代の歴史を作ったことがよく知られっている 戦国の世は数えきれないストーリーを持っている


(内部リンク)
 近江国・石田三成居城・佐和山城(滋賀県)
  http://konotabi.com/Photo2017/JPNShigaSawayamajo/top.html
 近江国・浅井長政居城・国史跡・小谷城(滋賀県)
  http://konotabi.com/Photo2017/JPNShigaOdanijo/top.html

清須城の信長と濃姫像2017年06月21日 20時52分02秒

清州城の信長と濃姫の像
 長い間の懸案であった名古屋城、小田原城の写真を撮りに行った 途中であの「清州会議」でしられる清州城に寄った この城は江戸初期に廃城になったので当然存在しない 因みに後に造られた名古屋城には此処から移築したとされる「清洲櫓」がある

 それでもなんと「立派な天守閣」があった 1989年に造られた模擬城である 場所も外観も異なる現代の城である それでも無いよりは心ときめく

 本当の城は川の反対側にあった 今は清州公園になっている その小高い丘の木立の中に信長とその妻濃姫の像があった やや地味ともいえる像だったが、歴史ロマンは十分感じさせられた

 此処には15c後半、守護代であった信長の父、信秀が入城した のち信長がこの城を居城にした そこから「天下布武」が始まる 彼の妻「濃姫」は文字通り「美濃の姫」、斎藤道三の娘である だが歴史には詳しい逸話は残っていない 映像の世界を含めて想像の世界である 

 近くに信長を祀る小さな祠があった 説明がなければ傍に来ても気が付かないようなものである 信長の墓、慰霊塔は京都を初め各地に点在する 存在の大きな人物である

 清州城は関ケ原後、徳川義直が入城したが、西国大名の築城による立派な名古屋城ができると廃城となり、尾張の中心は名古屋に移った 移ろう戦国の歴史である

  内部リンク・・清州城
   http://konotabi.com/Photo2017/JPNAichiKiyosujo/top.html

さりげない鴨川の春2017年04月30日 11時56分26秒

京都・鴨川の春
 ここは京都市下京区を流れる鴨川である この川には数多くの橋が架かるが、その一つ塩小路橋脇の河原から撮ったものである 歩いていてふと撮ったショットである

 ご存じ鴨川は京都のシンボルの一つで日本国中に知られるが、地元民にとってはごく当たり前の風景である それが観光客には新鮮でもある 「歴史と日常」の共存である

 京都のすごさは、何気なく目に入る景色が実は「歴史的大事件」の現場だったり、「これは何かの歴史現場?」と思っていても何もなかったり・・という奥の深さである

 皆さんには「どういうってことない」風景でしょうが、筆者にはシャッターを押させる風景だった お邪魔しました