今年も滑った白馬と志賀高原 ― 2018年02月15日 21時35分56秒
毎年片道8時間以上かけてドライブし、訪問する信州のスキー場である しかし今年最大級の寒波が押し寄せ、特に白馬の各スキー場では毎日吹雪状態でメインのゴンドラが停止し、上部のエリアにあがれない状態だった
それでも白馬では毎日日替わりで違うスキー場で滑った どこでも外国人の多いことで、場所によっては過半数が外国人、特に白人が増加していた 英語だけでなく、ロシア語やスペイン語も聞こえていた
もう一つの変化はヘルメット着用が圧倒的に増え、安全面でやっと日本も外国のスキー場並になってきた 当然のことではある
写真は移動したあとの志賀高原の横手山でのもので、このころには天候も安定していた 山頂には標高2307mの「日本一高いパン屋さん」がある
内部リンク:志賀高原のスキーエリア
http://konotabi.com/photo2018/JPNNaganoShigaWinter/top.html
それでも白馬では毎日日替わりで違うスキー場で滑った どこでも外国人の多いことで、場所によっては過半数が外国人、特に白人が増加していた 英語だけでなく、ロシア語やスペイン語も聞こえていた
もう一つの変化はヘルメット着用が圧倒的に増え、安全面でやっと日本も外国のスキー場並になってきた 当然のことではある
写真は移動したあとの志賀高原の横手山でのもので、このころには天候も安定していた 山頂には標高2307mの「日本一高いパン屋さん」がある
内部リンク:志賀高原のスキーエリア
http://konotabi.com/photo2018/JPNNaganoShigaWinter/top.html
カナダ・ブラックコム・スキーエリアのスキーシーズン ― 2017年12月19日 23時25分52秒
今年もやってきたカナダ、昨年は奥地のバンフだったが、-35℃の寒波に見舞われ心まで凍ってしまった 今年はやや暖かいウィスラー・ブラックコム・スキーエリアに変更した
此処はおなじみ2010年のヴァンクーヴァー・冬季オリンピックが催された場所で知られる もう20年以上前から知っているが、このオリンピックを機にいろいろ便利になった
たとえばエリアの二つの山が中腹でギネス認定の大ゴンドラで結ばれ、気楽に全山が滑られるようになった 今までは最下部まで滑り降りてまた山頂まで上り直す繰り返しだった
さて写真はこのスキーエリア最高点2284mのホストマン・ハット傍の「イヌクシュク」(イラナーク)前で記念写真を撮っているファミリーの姿である この前を通過する人の半数が記念ショットを撮っている感じである
この岩の造形物はもともと先住民が目印、案内板として各地に立てた一種の石碑である だがこれはヴァンクーヴァー・オリンピック時にシンボルとして作られたものである エリア内に4つほどある
今年のこの時期はやや雪が少なく、ブッシュや岩が露出していた 先週は良い雪だったというし、来週も雪情報があるという その谷間の私たちは「チェッ!」と言うしかないが、このシーズンの初滑りとしてはまぁまぁと言うべきか
→内部リンク:ウィスラー・ブラックコム・スキーエリア
http://konotabi.com/Photo2017/CANWhistlerSkiarea/top.html
此処はおなじみ2010年のヴァンクーヴァー・冬季オリンピックが催された場所で知られる もう20年以上前から知っているが、このオリンピックを機にいろいろ便利になった
たとえばエリアの二つの山が中腹でギネス認定の大ゴンドラで結ばれ、気楽に全山が滑られるようになった 今までは最下部まで滑り降りてまた山頂まで上り直す繰り返しだった
さて写真はこのスキーエリア最高点2284mのホストマン・ハット傍の「イヌクシュク」(イラナーク)前で記念写真を撮っているファミリーの姿である この前を通過する人の半数が記念ショットを撮っている感じである
この岩の造形物はもともと先住民が目印、案内板として各地に立てた一種の石碑である だがこれはヴァンクーヴァー・オリンピック時にシンボルとして作られたものである エリア内に4つほどある
今年のこの時期はやや雪が少なく、ブッシュや岩が露出していた 先週は良い雪だったというし、来週も雪情報があるという その谷間の私たちは「チェッ!」と言うしかないが、このシーズンの初滑りとしてはまぁまぁと言うべきか
→内部リンク:ウィスラー・ブラックコム・スキーエリア
http://konotabi.com/Photo2017/CANWhistlerSkiarea/top.html
やっと来られた秋の修学院離宮 ― 2017年11月28日 18時49分28秒
京都には宮内庁関係の建物が多くある そのなかで「王朝文化施設」と呼べる物が四つある 一番が京都御所、次が桂離宮、そして修学院離宮と仙洞御所である (東京には皇居や赤坂離宮がある)
そのうち前の二つは過年すでに訪問済みで、この秋は後ろの二つを訪問した 宮内庁の施設見学は予約が必要である 往復はがきか公式ホームページで申し込み、許可をもらってから指定された日時に見学する 一見ややこしいが、無料というのが何よりだ
今回の仙洞御所は生憎の雨、しかもしっかり降って写真撮影は苦労した それでも修学院離宮は朝から快晴で風もない撮影日和であった 上の写真はこうして撮れた これで宮内庁の四施設の撮影は終わった お疲れさん
内部リンク:修学院離宮
http://konotabi.com/Photo2017/2017JPNKyotoShugakuinRikyu/top.html#kyoto4
内部リンク:桂離宮
http://konotabi.com/Photo2016/JPNKyotoKatsuraRikyu/newpage1.html
そのうち前の二つは過年すでに訪問済みで、この秋は後ろの二つを訪問した 宮内庁の施設見学は予約が必要である 往復はがきか公式ホームページで申し込み、許可をもらってから指定された日時に見学する 一見ややこしいが、無料というのが何よりだ
今回の仙洞御所は生憎の雨、しかもしっかり降って写真撮影は苦労した それでも修学院離宮は朝から快晴で風もない撮影日和であった 上の写真はこうして撮れた これで宮内庁の四施設の撮影は終わった お疲れさん
内部リンク:修学院離宮
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内部リンク:桂離宮
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備中国分寺と向日葵 ― 2017年07月22日 21時07分33秒
ここは岡山県総社市にある備中国分寺、といってもあの聖武天皇時代のものではない 国内のほとんどの国分寺で当時の物が残っている例は大変少ない
ここも南北朝時代の兵乱他で焼失し、この五重塔なども江戸期の物である 屋根の形はまさに江戸時代のもので、山口にある「日本三名塔」のひとつである瑠璃光寺のそれとは比較にはならない
それでも旧山陽道近くに立つこの寺の塔は岡山人にとっては大好きな歴史建造物の一つである 近くには日本でも十指に入る前方後円墳作山古墳と造山古墳が二つもあり、古い神社の一つ吉備津神社があり、秀吉の水攻めで知られる備中高松城祉も遠くないところにある
そういう歴史のふるさとにある備中国分寺は向日葵が真っ盛りである こうして季節ごとに植える花を変えてゆく地元の農家の方たちのご努力には頭が下がる
ここも南北朝時代の兵乱他で焼失し、この五重塔なども江戸期の物である 屋根の形はまさに江戸時代のもので、山口にある「日本三名塔」のひとつである瑠璃光寺のそれとは比較にはならない
それでも旧山陽道近くに立つこの寺の塔は岡山人にとっては大好きな歴史建造物の一つである 近くには日本でも十指に入る前方後円墳作山古墳と造山古墳が二つもあり、古い神社の一つ吉備津神社があり、秀吉の水攻めで知られる備中高松城祉も遠くないところにある
そういう歴史のふるさとにある備中国分寺は向日葵が真っ盛りである こうして季節ごとに植える花を変えてゆく地元の農家の方たちのご努力には頭が下がる
彦根城の夜景 ― 2017年07月12日 22時22分20秒
以前から行ってみたかった城(跡)が二つあった 一つは石田三成の佐和山城ともう一つは浅井長政の小谷城である
彦根には何度も行っているが、近くの佐和山城は行けていなかった 小谷城は相当むかしに行っていたが、HP用のいい写真が残っていなかった そういう訳で今回行くことにした
梅雨の合間なので、天気をみながら彦根に宿をとった 写真はそのホテルからの彦根城の夜景である 堀脇のまことにロケーションのいい宿である
閑話休題、翌日まず佐和山城に行った 登り口には龍潭(りょうたん)寺がある 井伊家が浜松から来るとき、分家したような寺で、現在も彼の地の井伊谷に同名のご本家がある
その山門脇には石田三成座像があった そこから墓地を通って山道を上がる 途中にも廓はあまり残っていない 山上の本丸跡にも何もなかった ほんの少しの石垣と井戸跡があるだけだった
関ケ原後、当地に転封された井伊直政以後、この城や他の城から材料を持って行って彦根城を作ったからである 良く言えば「廃物利用」だが滅んだものは儚い
小谷城には昼から行ったが、そこの方が廓跡や石垣が多く残っていた 城主はもちろん信長の妹「お市」の夫の浅井長政である 最後には信長に滅ぼされた この城で自害して果てた まことに儚い
それでも3人の娘たちはそれぞれ後代の歴史を作ったことがよく知られっている 戦国の世は数えきれないストーリーを持っている
(内部リンク)
近江国・石田三成居城・佐和山城(滋賀県)
http://konotabi.com/Photo2017/JPNShigaSawayamajo/top.html
近江国・浅井長政居城・国史跡・小谷城(滋賀県)
http://konotabi.com/Photo2017/JPNShigaOdanijo/top.html
彦根には何度も行っているが、近くの佐和山城は行けていなかった 小谷城は相当むかしに行っていたが、HP用のいい写真が残っていなかった そういう訳で今回行くことにした
梅雨の合間なので、天気をみながら彦根に宿をとった 写真はそのホテルからの彦根城の夜景である 堀脇のまことにロケーションのいい宿である
閑話休題、翌日まず佐和山城に行った 登り口には龍潭(りょうたん)寺がある 井伊家が浜松から来るとき、分家したような寺で、現在も彼の地の井伊谷に同名のご本家がある
その山門脇には石田三成座像があった そこから墓地を通って山道を上がる 途中にも廓はあまり残っていない 山上の本丸跡にも何もなかった ほんの少しの石垣と井戸跡があるだけだった
関ケ原後、当地に転封された井伊直政以後、この城や他の城から材料を持って行って彦根城を作ったからである 良く言えば「廃物利用」だが滅んだものは儚い
小谷城には昼から行ったが、そこの方が廓跡や石垣が多く残っていた 城主はもちろん信長の妹「お市」の夫の浅井長政である 最後には信長に滅ぼされた この城で自害して果てた まことに儚い
それでも3人の娘たちはそれぞれ後代の歴史を作ったことがよく知られっている 戦国の世は数えきれないストーリーを持っている
(内部リンク)
近江国・石田三成居城・佐和山城(滋賀県)
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近江国・浅井長政居城・国史跡・小谷城(滋賀県)
http://konotabi.com/Photo2017/JPNShigaOdanijo/top.html
さりげない鴨川の春 ― 2017年04月30日 11時56分26秒
春雨の平安神宮 ― 2017年04月29日 22時04分39秒
またまた来てしまった春の京都 そしてまたまた訪れた春の平安神宮 ここは古来の神社ではないが、そのお庭が素晴らしい 足が向いてしまう
ところがこの日は曇りのち雨のお天気だった 時期的にソメイヨシノはほとんど終わっていたが、八重の枝垂れは散りかけてはいたものの何とか持ちこたえていた
庭園の池にはすでに花筏ができ、それはそれで魅力的だったが、池淵の老桜木は雨の中でまるで狩野派のような風情で立っていた それがこの写真である
内部HPリンク:「平安神宮」
http://konotabi.com/Photo2017/JPNKyotoHeianJingu/top.html
ところがこの日は曇りのち雨のお天気だった 時期的にソメイヨシノはほとんど終わっていたが、八重の枝垂れは散りかけてはいたものの何とか持ちこたえていた
庭園の池にはすでに花筏ができ、それはそれで魅力的だったが、池淵の老桜木は雨の中でまるで狩野派のような風情で立っていた それがこの写真である
内部HPリンク:「平安神宮」
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京都・桂昌院縁・善峯寺の春 ― 2017年04月28日 23時03分27秒
京都の秋は素敵である だからと言って京都の春が負けているわけではない そういう町に年二回はきちんと行ってきた 今回は日本人と外国人観光客が比較的少ない場所である 最近の京都観光の人出はやや異常ともいえる多さである
そういう中で比較的「地味」なのが「西国三十三か所」巡礼の寺である 以前、妻の「西国巡り」に付き合って訪れた寺であったが、春の様子が見たくて再訪した
この寺は京都の西の山上にあって見晴らしが大変に良い さらに五代将軍綱吉の母である桂昌院に大変な縁がある 境内にも遺髪塚をはじめ、寄進により大いに復興した様子が見て取れる
写真は「紫陽花と桜の庭」のうち「春の桜」の様子である 今年は遅かった京の春であったが、すでにソメイヨシノは終わっており紅の濃い八重の枝垂れは「春爛漫」を謳歌していた そういうすてきな光景である
内部HPリンク:「善峯寺」
http://konotabi.com/Photo2017/JPNKyotoSpYoshiminedera/top.html
そういう中で比較的「地味」なのが「西国三十三か所」巡礼の寺である 以前、妻の「西国巡り」に付き合って訪れた寺であったが、春の様子が見たくて再訪した
この寺は京都の西の山上にあって見晴らしが大変に良い さらに五代将軍綱吉の母である桂昌院に大変な縁がある 境内にも遺髪塚をはじめ、寄進により大いに復興した様子が見て取れる
写真は「紫陽花と桜の庭」のうち「春の桜」の様子である 今年は遅かった京の春であったが、すでにソメイヨシノは終わっており紅の濃い八重の枝垂れは「春爛漫」を謳歌していた そういうすてきな光景である
内部HPリンク:「善峯寺」
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やはり美しい日本三名塔 ― 2017年04月11日 22時47分28秒
ここは山口市にある瑠璃光寺、この塔は国宝で三名塔のひとつ五重塔である 他の二つは法隆寺五重塔と醍醐寺五重塔である
ご存じ「大内氏の文化」である 屋根の反りは曲線的で美しく、三名塔の中でも際立っている 作家司馬遼太郎が「山口は良い塔をもっている」と絶賛した塔である
姿が美しい上、周辺の桜と相まって見た人の記憶から消えることがない景色である 写真を見ていただければ、これ以上の説明は不要であろうか そういう場所にまた来てしまった
<内部リンク>
雪舟ゆかりの山口・島根の寺社の春
http://konotabi.com/Photo2017/JPNYamaguchiShimane/top.html
ご存じ「大内氏の文化」である 屋根の反りは曲線的で美しく、三名塔の中でも際立っている 作家司馬遼太郎が「山口は良い塔をもっている」と絶賛した塔である
姿が美しい上、周辺の桜と相まって見た人の記憶から消えることがない景色である 写真を見ていただければ、これ以上の説明は不要であろうか そういう場所にまた来てしまった
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雪舟ゆかりの山口・島根の寺社の春
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眺望の良い白馬の岩岳スキーエリア ― 2017年02月12日 19時18分21秒
この冬も例年通り白馬のスキーエリアに行ってきた 数週間前までは「雪不足」で心配していたが、「冬将軍」の到来で一挙に例年並みとなり、ルンルン気分でドライヴし定宿に向かった
ただ最初の二日間くらいは雪嵐に近い天候で、スキーも写真も楽しめなかった ただ三日目くらいからは上天気になって雲も少なく「スキー日より」となった
写真は白馬連峰にあるスキーエリアのひとつ、「岩岳エリア」からのものである 岩岳は有名な「学生スキーのメッカ」でよく知られるが、欠点は標高が低く周りのエリアとくらべてやや積雪量が少なめである
ただ此処には大変な「ウリ」がある それは眺望である 写真を撮ったのはほぼ頂上であるが、写真のように冬季オリンピックがひらかれた「八方尾根スキー場」のほとんどが一望できる 「八方」はここからの景色が一番良いのである
さらに写真左には「白馬47スキーエリア」のかなりが見えている ここには登場しないが、右手の反対側には「栂池高原エリア」や運が良ければ奥に「コルチナエリア」の一部が遠望できる これらは白馬村ではなく、隣の小谷(おたり)村である
もっと言えば、多くの山々が近くに見える まず「白馬三山」の白馬岳、白馬鑓、杓子岳が迫る やや離れて唐松岳、五龍岳などほぼ3000mに近い雪山が広がっている こういう山は夏山登山でも知られ魅力的であり、ホントに嬉しくなるエリアなのである
(内部リンク)
信州・白馬のスキーエリア(長野県)
http://konotabi.com/Photo2017/JPNNaganoHakubaSki/top.html
信州・志賀高原のスキーエリア(長野県)
http://konotabi.com/Photo2017/JPNNaganoShigaKogenWnterSki/top.html
信州・冬のオブジェ(長野県)
http://konotabi.com/Photo2017/JPNNaganoSnowObjet/top.html
ただ最初の二日間くらいは雪嵐に近い天候で、スキーも写真も楽しめなかった ただ三日目くらいからは上天気になって雲も少なく「スキー日より」となった
写真は白馬連峰にあるスキーエリアのひとつ、「岩岳エリア」からのものである 岩岳は有名な「学生スキーのメッカ」でよく知られるが、欠点は標高が低く周りのエリアとくらべてやや積雪量が少なめである
ただ此処には大変な「ウリ」がある それは眺望である 写真を撮ったのはほぼ頂上であるが、写真のように冬季オリンピックがひらかれた「八方尾根スキー場」のほとんどが一望できる 「八方」はここからの景色が一番良いのである
さらに写真左には「白馬47スキーエリア」のかなりが見えている ここには登場しないが、右手の反対側には「栂池高原エリア」や運が良ければ奥に「コルチナエリア」の一部が遠望できる これらは白馬村ではなく、隣の小谷(おたり)村である
もっと言えば、多くの山々が近くに見える まず「白馬三山」の白馬岳、白馬鑓、杓子岳が迫る やや離れて唐松岳、五龍岳などほぼ3000mに近い雪山が広がっている こういう山は夏山登山でも知られ魅力的であり、ホントに嬉しくなるエリアなのである
(内部リンク)
信州・白馬のスキーエリア(長野県)
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信州・志賀高原のスキーエリア(長野県)
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信州・冬のオブジェ(長野県)
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